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九気性気学・周易の鑑定します2020年1月


2020年09月16日

かーちゃん昨日老健に入る

かーちゃんの左肩骨折が判明してから、
自分でベッドから車椅子に移すのをやめた。
かーちゃんには、電動ベッドで横になってもらって、
そうしたらかーちゃんは飯の時間以外、寝ている。
飯の時間は、
かーちゃんが起きている時間を見計らって、
ベッドを起こして食べてもらった。

骨折判明後すぐのデイケアには行ってもらったが、
それは医者が行ってもいい、と言った。
なので行かせたが、デイサービスには行かせなかった。
1日でもうちにいて欲しかった。

昼飯後一眠りして、夕方起きている時間があるので、
かーちゃんが30年位前にVHSで録ったのをブルーレイに焼き直した、
音楽番組を毎日ブルーレイで再生した。
スターダストから始まる『わが心のスタンダード』を毎日聴かせた。
かーちゃんは聴きながら寝た。
老健に入ったら、もう好きな音楽が聴けないだろう。
そう思った。

かーちゃんが起きているのを見計らって、
毎日何度も何度もかーちゃんに、
大好きだよ、一緒にいれて楽しいよ、楽しかったよ、
あんたの娘のY子だよ、あたしの事忘れないで、と言った。
泣きながら私がそう言っているので、
何でそんなことを言われてるのかわからない風だった。
かーちゃんは、
ご飯を飲みこんだことも忘れてしまうレビー小体病だ。
きっと老健にいる間に、あたしのことを忘れるだろう。

昨日老健入所日。
昨日も書いたけど、ケアマネHさんが出社後、
すぐうちに来てくれた。
かーちゃんのおむつを替えて、
ベッドから車椅子に移乗するのをやってくれた。
Hさんに「ありがとうございます。だけど、こんなことになっちゃって。」と言ったら、
「仕方ないよ。」と返事がきた。
Hさん、他の担当の人の病院付き添いがあるので、
すぐ帰る。

Hさん帰ってすぐに、
居間で車椅子に座ったかーちゃんに、
とろみをつけたエネルギーゼリーと、
とろみをつけた野菜ジュースを飲ませる。
老健に行く時間まで居間で過ごしてもらう。
これが最後の晩餐だ。

うさのすけがいつもと違う様子を察して、
ちょろちょろしているので、
抱っこしてかーちゃんに触らせようとしたら、
逃げ回って押し入れにこもったので、
かーちゃんとの最後のお別れができなかった。

かーちゃんの写真は私が撮るので、
かーちゃん1人で写っているのがいっぱいあるが、
私と一緒に写っているのがない。
時間が来るまで、
かーちゃんと顔を並べている自撮り写真を何枚か撮った。

うちを出る時間になった。
もうかーちゃんの車椅子を押すのはこれで最後だ。
入所日が決まった日の電話で、老健のO槻さんに、
「どうやって来られますか?」と聞かれたので、
「最後だから私が押していきます。」と答えた。
安全性を重視して、介護タクシー呼ぶのも検討したが、
最後なので、かーちゃんの車椅子を押して、
老健まで行く。
老健まで5、6分しかない。
5、6分で終わりだ。
いつもより慎重に車椅子を押した。

「お待ちしていましたよ。」老健のI井さんとO槻さんが出迎えてくれた。
持っていった入所書類にハンコをまとめてバンバン押した。

かーちゃんは病院の方で検査になった。
処方箋が出た。
日本調剤に行くのに、お薬手帳をさっき預けたまんまだ。
薬出してもらうのにいるだろう? と思って、
受付に声をかけて、O槻さんに言うと、
O槻さんが老健フロアにお薬手帳を取りに行ってくれた。

O槻さんが戻ってくるのを待っていると、
かーちゃんの介護が始まった時から4年程担当してくれた、
一番最初のケアマネに声をかけられた。
「骨折されたそうで。もう(介護)長いですよね。」
「(ケアマネほっしーと会って)もう6年、7年かな。」
「入所するって聞きましたが。」
もうケアマネほっしーが知ってる頃のかーちゃんではないのだ。
寝ちゃって意識がなくなって、
私が誰だかわからない時が多くなったかーちゃんなのだ。
しゃべりづらそうにして、
返事もできないことが多くなったかーちゃんだ。
そんなことを言おうかと思ったら、泣けてきた。
こらえきれなくなって涙声になった。
ほっしーが慌てて「ああっ、私泣かせちゃって……。」と言った。
そんなこんなしてたら、O槻さんが戻ってきたので、
お薬手帳を受け取って「3時に来ます。」と言い捨てて、
急いで老健を出た。

かーちゃんの薬3か月分の処方箋を、
泣きながら日本調剤に持っていく。
「今日老健に入ったんですが、3時までに薬が欲しいんです。」
そしたら日本調剤のお姉ちゃんが、
「3時までにできるかどうかわかりませんので、お会計だけ済ませて頂けたら、うちが後で老健にお届けします。」
何てありがたいんだろう。
よろしくお願いした。

まだ泣けてきていたので、
泣きながらミニストップに行って、
ミートソーススパを買う。
1時過ぎていた。
お昼食べたら荷物を担いで再び老健に行かねばならない。
マスクで隠れているが、鼻水まで出ていた。
泣きながらうちに戻った。

右手にキャリー、左手に低反発クッションを抱えて、
3時前に老健に行く。
「5階(認知症フロアじゃない! 良かった!)に来てください。」と言われて、
荷物を抱えて5階に行く。
副看護師長さんに「お昼は全部食べましたよ。」と様子を聞く。
かーちゃんは風呂に入ってるそうで、
着替えを急いで出して渡して、薬を渡して、
他の持ってきた物も渡す。

今度は老健ケアマネI井さんと面談だ。
看取りの話、死んだ場合の話を聞いて、
書類にサインしてはんこを押した。
3年前に入所の時は、看取りの話なんてなかった。
遺体は葬儀屋さんに引き取りに来てもらってください、と言われた。

「デイ(ケア)のI藤(主任)も、娘さん(介護を)良くやってるって言ってましたよ。皆頑張られたのを知ってますよ。」そう言われたら、
そう言われたらまた泣けてきて、さっきより泣けてきて、
「もう私の見様見真似の介護じゃ無理なんですよ。パーキンソン病レビー小体病で要介護5の介護をするのは無理なんですよ。」
かーちゃんの体は硬直が激しくなっていて、
両足は伸びない。
足の曲がりが酷くなってきていて、
おむつを替えるのもままならない。
首は自分で支えられなくなっていて、後ろに倒れたままになる。
その上骨折した。
「もうプロの、介護のプロの方にお任せするしかないんですよ。」
泣きながら、そう言った。

私とこれ以上一緒に居ると、
私がかーちゃんを殺すような事になるやもしれない。
食べさせて誤嚥させて死ぬ目に合わせるかもしれない。
そんなことになるよりは。
1日でも生きてもらうには。

かーちゃんを老健に入れて、
生き別れになる道を選んだ。
かーちゃん、ごめんなさい。
私を許してください。
許してください。

「よろしくお願いします。」とI井さんに頭を下げて老健を出た。
泣いてたけど、
小松に行かないと薬切れそうになってるので、
空になったキャリーを引いて二小松まで行って、
小松に向かった。



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posted by 加祥 at 13:51| Comment(0) | 城東老健 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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